寿美子先生の漢方と食事のおはなし


 漢方医学の考え方の基本は「陰陽の偏りを元に戻す」ということです。この自然界の現象は中庸であることが一番よい、という考え方ですね。熱と寒、実と虚、表と裏、乾と湿、升と降、散と収などのバランスがとれるように、回復させるというものです。このことは頭の隅に置いていただき、中医学の理論は時々具体的な症例の中で取り上げながら、身近な漢方薬についての話を少しずつしてゆきたいと思います。



@風邪のひき始め


みなさんは葛根湯という漢方薬をご存知と思います。これは専門用語でいう「発汗解表作用」のある処方の一つです。風邪の引きかけには頭痛、肩こり、関節の痛みなど身体表面の症状が出ますね。そのときに、まずは暖めて体温を上げ、発汗させるとウイルスの増殖は抑えられる(発汗解表)わけですから、間違っても、熱の出かかった初期に、頭を冷やしたり解熱剤を使うのは間違いです。風邪の初期にはまずはいったん暖めてみる。そのときに使う漢方薬の代表が葛根湯ですね。ほかに発汗解表剤として麻黄湯、小青竜湯、桂枝湯などがあります。ただし、心臓の弱い人や老人などで発汗療法が使えない場合は、ほんの少しだけの発汗を促す麻黄附子細辛湯を使ってみてください。

 

 麻黄湯(傷寒論)

 

インフルエンザなどで関節が痛む時に使います。また、咳を治める力も優れています。邪を追い出す薬としては一番力のある処方です。薬対「麻黄−桂枝」で効かせます。ベビーちゃんの鼻づまりに頓服としても使います。

 

 葛根湯(傷寒論)

 

寒気や肩こりを伴う風邪の初期に用います。「麻黄―桂枝」に芍薬が加えられており発汗の行き過ぎを抑えています。葛の根が加えられていることで肩こりにもよく効きます。葛根湯を使うときにはエキス剤であれば2倍量ほど使うことが必要になります。麻黄や桂枝に含まれている精油成分がエキス剤を作るときに飛んでしまうのです。出来れば煎じ薬で3時間置きにフーフー言いながらお飲みになり、飲んだら布団をかぶって汗をしっかりかいて、服を着替えて、という具合です。葛根湯は特に鼻づまりによく効きます。普通の肩こりには葛根湯に附子や白朮を加えるととても楽になります。


 桂枝湯(傷寒論)

 

軽い風邪に使います。虚弱体質の方が風邪を引きそうなときに服薬します。服薬後お粥をすするとよく発汗できて風邪が治ります。

 

 麻黄附子細辛湯(傷寒論)

 

体力のない人(正気の虚)はウイルス感染をしても戦う力がないために発熱をしません。さて、病態を把握する時に、病気のステージを6つに分けてみる捉え方があります(太陽病・少陽病・陽明病・太陰病・少陰病・厥陰病)太陽病から始まって、最後死ぬときは厥陰病に移行して死ぬという考え方ですね。この少陽病あたりが風邪を引いて2日目あたり、まだ、邪が内側に入っていない(裏症に入っていない)ころです。その頃に熱も出ない、脈も沈んでいる場合軽い発汗を促すのです。そういうときにこの処方を使います。

 

お食事についてですが、分子栄養学という栄養学に沿ってお話いたしますね。
風邪を引いたときに限らず、病気になった時には「あまり食べないこと」が原則です。人間のエネルギーは消化のエネルギーと私たちが生きるうえで消耗されるエネルギーとに分かれますが、その消化のエネルギーをたくさん使うと代謝のエネルギーは減ってしまうということを覚えておきましょう。犬も猫も具合が悪いときにじっとしてものを食べないのは消化に使うエネルギーを減らしているのです。そして、早く代謝が元に戻り元気になるようにしているのです。
風邪を引いたら、葛根湯を飲み、布団にもぐって寝ていることです。食事は体を温めるおかゆや葛湯などを2日ほど召し上がって、しっかりと水分をとってください。風邪の引きかけには葛湯や生姜湯、ニッケとグローブの入ったホットワインなどをお勧めいたします。

次回はA風邪の中期以降の漢方薬とお食事のお話です。


A風邪の中期以降


風邪の引き始め(太陽病)には邪は表証として現れますが、だんだんと内側に入り始める、つまり、表証から裏症へと病態が移行し始めます。そうすると、熱が出始めたり、または、熱と寒さを行ったり来たりする(往来寒熱)、食欲がなくなってきたり、下痢をしたり、咳などが出るようになります。ステージで言うと、小陽病・陽明病のあたりです。邪が表から裏へ移りかけのころ、軽い炎症傾向に使う代表的な処方が「小柴胡湯」です。柴胡剤と言って「柴胡」という生薬が使われています。他に大柴胡湯や柴胡桂枝湯などがあります。処方は「柴胡―黄」の薬対が効果を発揮してはどちらかというと裏の炎症を治める力があるので、私は内臓の炎症には黄は欠かさずに使います。往来寒熱が始まるころ、訴えとしては口が苦い、頭がふらついて痛い、胸が詰まったような感じなど、この小陽病の時期に小柴胡湯(と葛根湯を合わせて)使うと非常に楽になるのです。ところが、引き始め(太陽病)から一気に陽明病にいってしまうのが、インフルエンザなどの強いウイルス性疾患ですね。このときには、全身的に炎症がひどいわけなので、そう言う時にはもう決して暖めてはなりませんから、冷たい氷枕をしたり、冷たいお茶を飲ませたりしながら、解熱をさせます。強い炎症には「知母−石膏」「桔梗―石膏」の入った処方、白虎加人参湯を小柴胡湯と合わせて使います。超婢加朮湯と桔梗加石膏を合わせて、金銀花を加えることを私はよくやりますが、大変有効です。のどが痛くて腫れあがっているときには桔梗加石膏と銀堯散と超婢加朮湯を合わせて飲ませると1日で痛みが引くことがあります。
小柴胡湯に話を戻しますが、この処方は別名「表から裏」へ移った邪の「和解薬」なんです。邪が「表」つまり「体表部」から、「消化管」つまり「裏」に入るその中間、部位でいうと横隔膜のあたりの臓器(肝臓、肺、気管支、胆嚢、すい臓、胃腸)の炎症を治める力があります。

 

 小柴胡湯(傷寒論)

 

虚証から中間賞にかけて使用。柴胡・黄で消炎、半夏で鎮咳、人参・生姜・甘草で胃腸薬を配合している。風邪の中期は中心に良く使いますが、一方で、肝炎の治療薬として優れています。現代は婦人科系の病態が多く、排卵痛、生理痛、子宮卵巣の炎症がある場合にも小柴胡湯に桂皮茯苓丸を合わせてみると効果が出ます。潰瘍性大腸炎の緩和期にも腸内細菌との取り合わせで効果が高い。

 大柴胡湯(傷寒論)

 

どちらかというと実証タイプの方の少陽陽明合病で使用。

炎症が腸管にまで及び裏熱(陽明病)が生じると、蠕動運動がうまくいかなくなりガスや便が溜まったり、逆に炎症により下痢が生じたりします。メタボリックシンドロームの治療薬としてはファーストチョイスです